2017年12月11日月曜日

何もしないをやってみる Part. 5

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トラックに煽られて恐怖心に負けてトンネルで停車し、煙草を一本吸った俺は再びバイクのエンジンをかけて走り始めた。永遠に続くのではないかと言う雪のわだちの綱渡り運転である。

ほどなくして煌々と灯りの灯るエリアについた。智頭というところでここから先は鳥取道は夜間道路規制で迂回しろということなのだ。とりあえず高速道路っぽい道が終わったことに少しほっとしながら、鳥取道を降りると急な坂道を降り始めた。同時に雪が雨に変わった。

人間の順応力は非常に高い。雪が雨に変わっただけで温かく感じるのだから不思議である。ようやく山を超えられたのかと少しほっとしながら、時折民家のある道をひた走る。

暗い道で他の車が来たら先に行かせ、追尾する安心感。最悪の状況を脱したとは言え、ここで気を緩めるわけにはいかない。雨が降っていて雪程ではないにしてもスリップの危険性は常について回るのである。

そして鳥取南という標識を超え、ようやく鳥取に入った。ここで止まっても良かったが真夜中の鳥取でインターネットカフェがあるようにも思えない。何しろスターバックスが開店しただけで大騒ぎする山陰地区である。我慢して米子まで歩を進めてから一日休むとしよう。

そう思ってようやく2車線に増えた道に入り、信号という文明の利器に大自然の脅威から逃れたことを感謝しながら停車して発進しようとしたその時

アクセルを回してもバイクが進まなくなってしまった。エンジントラブルか?と考えて路肩に止めてエンジンを一旦切り、少し待ってからエンジンを始動してみるがバッテリーが切れた症状を示し、やがて雨足の強くなる真っ暗闇でライトも力尽きた。

道中気になっていた硫黄の匂いについて、ここで理解した。つまりバッテリーの中の塩酸が蒸発する匂いだったのである。しかしその状態でここまでよく走ったものである。故障してしまったことに対する無念さよりも、よくも山中で止まらずここまで我慢して俺を運んでくれたことに感謝した。

止まったところはモービルのガソリンスタンドだったが、夜間は閉めているらしく真っ暗だ。まずは暗闇の中で周りを見渡してみると目が暗闇に慣れてきて、周囲は事務所や倉庫などが立つエリアであるように見えた。そして、2・300メートル程離れたところに明るく光るガソリンスタンドらしきものが見えた。

出光石油・9号線鳥取トラックステーションSS様である。取り急ぎ店員さんに状況を伝え、携帯電話の充電をさせてほしいと伝えた。

店員さんは割と高齢に見える人で、とても良い方だった。店に備え付けなんだと思われるiPadで付近のバイクショップを検索してくれたりと色々と気を遣っていただいた。

ここでそれまでわからないまま走っていた時間が判明した。朝の3時半である。普通の人々が起きる時間までまだしばらくあるが、まずは保険会社に電話である。バイクに積んでいる保険の証書を見るが自賠責保険しか積んでおらず、名前だけの記憶でまずは東京海上日動さんに電話してみた。

電話の窓口の人は大変いい人で、住所や電話番号で検索したもののないので調べて折り返すと親切にも言ってくれた。

おかしいなと思って契約しているバイクの代理店をネットで調べたところ、相生ニッセイ同和損保だった。。。東京海上日動さん、真夜中に本当に申し訳ありませんでした。

相生ニッセイ同和損保さんでバイクの修理工場までの引き取りをしてくれる業者さんを手配してくれて、業者さんが来るまで待たせてもらうことになった。

業者さんが来て、保険会社の保険の適用範囲などについてひとしきり話し合った後、引き取りに来た業者さんのところで修理してもらって、保険の適用範囲内で修理後搬送というので運んでもらうことができるということになった。

業者さんに硫黄の匂いの話をしたところ、レギュレータの故障でバッテリーに過負荷がかかってバッテリー液が蒸発したのだろうということだった。確かに以前もレギュレータが故障したが、前回は低回転でエンジンが止まるという現象だったのでわからなかったのである。相棒のバイクは蒸発していくバッテリー液に我慢しながら、雪の山中を山の向こう側まで送り届けてくれたのだ。

ホンダのCBR系のレギュレータは故障が比較的多い機種らしく、よくある話だと教えてもらった。ここだけの話だということだったが、名前をさらさなければ大丈夫だろう。業者さんネタの提供ありがとうございます。

後になってよくよく考えてみると、間違って伊勢神宮さんに行ったこと、行くことも戻ることもできずに鳥取まで走ったことは逆に良かったのかもしれない。

伊勢神宮に行くことなく順調に道を進んでいったと仮定すると、おそらく道路情報などを確認することなくもっと雪深い米子自動車道に突き進んでいってしまったことだろう。雪の中で遭難などという訳のわからないブログ記事になってしまうところだった可能性は大いにある。

大阪を超えたところで時間に余裕があり、ホテルを探して泊まったとしたらあの状況であれば翌日確実にバイクは始動できず、大阪からの搬送費は保険の適用範囲を超えていたのではないかと疑われる。聞いたところによると保険の適用距離は直線距離でざっくりと算出されるらしく、鳥取からの直線距離であればなんとか実家である山口県まで修理の後で運んでもらえる距離だった。

不運と偶然と無軌道な性格から、金と体力のギリギリの着地点で折り合ったのはあの時、伊勢神宮さんにある豊川茜稲荷神社さんに立ち寄ったおかげなのだと思っている。

もう少しだけつづく

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