1. なぜ私たちは“何もしていないのに常に疲れている”のか?
最近、「何かがおかしい」「時間が流れるのが早すぎる」と感じたことはないだろうか。先日、筆者は「最近、何かが“おかしい”と感じてますか?時間が流れるのが早すぎる。」というYouTube動画(https://www.youtube.com/watch?v=w3usBx7cU2U)を目にした。コメント欄には、「集中力が続かない」「一日があっという間に終わる」「気づけばSNSを見ている」といった趣旨の声が多数寄せられていた。
実は筆者自身も、つい最近まで同じような状態に陥っていた。
日常業務をこなすだけで精一杯で、何か新しいことを始めようとしても手が止まる。
常に疲労感があり、気づけばYouTubeやSNSを開き、無意識のうちに何時間も経っている。そんな日々がここ数年、延々と続いていたのだ。
ところが最近になって、「Attention Economy(注意経済)」という言葉を耳にする機会が増えてきた。
この概念は、経済学者ハーバート・A・サイモン(Herbert A. Simon)が1969年に提唱したもので、「情報が豊かになればなるほど、人間の注意こそが最も希少な資源になる」と指摘したことに始まる(Simon, 1969; Berkeley Economic Review, 2021)。
現代ではSNSや動画プラットフォームが、人々の「注意」そのものを収益に変える仕組みを構築しており(Steinhorst, 2024)、日本でも「アテンションエコノミー(注意経済)」という言葉が一般に浸透しつつある(Eleminist, 2023)。
情報が氾濫する現代において、私たちの注意は奪い合いの対象となりつつあるのだ(Manamina, 2023)。
この問題を理解するには、経済の仕組みと脳神経科学という一見かけ離れた2つの視点から、いま私たちの身の回りで起きている現象を見つめ直す必要がある。
私たちは今、経済のために脳を使っているのではない。
恐ろしいことに──経済が、私たちの脳の使い方そのものを決め始めているのだ。
2. Attention 経済の進化:テレビが支配し、アルゴリズムが誘導する
20世紀後半、テレビが社会の中心にあった時代、人々は毎晩同じ番組を見て、翌日にはその話題で盛り上がった。テレビは“集団の意識”を同一方向へ揃えることに成功していたと言える。
今日でも一定の世代にとってテレビは一次的な情報源であり続けている。兵庫県知事の報道など、テレビが世論形成を試みる姿勢はいまだ健在だ。しかしその影響力は、インターネットの登場によって急速に薄れつつある。
オールドメディアが「支配」していた時代から、インターネットという新しいメディアが「誘導」する時代へ──。メディアの主導権は、確実に移り変わった。
この変化は一見、健全な民主化のようにも見える。誰もが情報を発信でき、検証できる世界。筆者も当初、その変化を歓迎していた。だが近年、収益モデルの進化がもたらした影響を考えると、その構造が人類の行動様式そのものを変え始めているのではないか、という危惧を抱かざるを得ない。
広告収益モデルの変遷──「視聴率」から「脳反応」へ
テレビの広告モデルは単純だった。番組表に沿って人々が番組を視聴し、広告主は「自社製品の潜在顧客が多そうな時間帯」に広告枠を購入する。マーケティング効果は「視聴率」という単一の指標で測られていた。しかし、1990年代後半にインターネットが登場すると、広告のあり方は根本から変化する。Google や YouTube は、「視聴率」という曖昧な指標を捨て、個人単位の行動データへと世界を細分化したのだ。
ユーザーがどの広告をクリックし、どの動画をどこで止め、どんな検索語を入力したか──。そのすべてが数値化され、リアルタイムで分析される。
広告主はもはや「視聴者層」を想定する必要がない。プラットフォームが膨大なデータから「購買に至る確率が最も高い個人」を算出し、ピンポイントで広告を表示してくれるからだ。
この仕組みの核心は、「人々が何に注意を向けるか」を予測し、その注意を売買可能な商品に変換することにある。
テレビの時代には「多くの人に届くこと」が価値だった。だがアルゴリズムの時代では、「一人の脳に深く刺さること」が価値へと変わった。注意は集団から個人へ、そして個人の中でも神経反応レベルへと細分化されたのだ。
アルゴリズムの目的──「離脱させない」こと
この転換によって、情報は「届けられるもの」ではなく「最適化されるもの」となった。プラットフォームの目的は、ユーザーを離脱させないこと。そのために、アルゴリズムはユーザーの関心を維持できる刺激を絶えず供給する。それが、次々と表示される関連動画であり、終わりのないスクロールであり、そして通知の赤いバッジだ。
こうした設計は、単なる技術ではない。それは神経レベルの報酬設計である。
私たちの脳は「予期せぬ報酬」に最も強く反応するようにできている。「次にどんな情報が出てくるかわからない」──この不確実性こそが、ドーパミン分泌を最も強く引き起こす。
YouTubeの“おすすめ”やSNSの“更新”は、この心理的メカニズムを極めて精密に利用している。アルゴリズムは、もはや単なる情報配信装置ではない。人間の注意と感情を、再現可能な経済資源に変換する装置なのだ。
3. 神経科学:報酬系の過剰刺激とダウンレギュレーション
人間の脳には、生存に有利な行動を強化するための仕組みが備わっている。食事をとる、社会的な承認を得る、問題を解決する──。これらの行動が成功すると、脳はドーパミンという神経伝達物質を放出し、「快」の感覚を与える。この回路は報酬系(reward system)と呼ばれ、前頭前野・側坐核・腹側被蓋野などを中心に構成される(Purves, Augustine, & Fitzpatrick, 2018, as referenced by ChatGPT, unverified by the author; see also Schultz, 2015)。
これらの領域は、快楽や動機づけを司る神経ネットワークとして機能しており、ドーパミン神経活動が「報酬予測」や「行動強化」と結びつくことが、多くの神経科学研究で支持されている(日本神経科学学会, 2019)。
脳の報酬系は、報酬を「予測」し、その結果が得られるまでの時間的遅延を学習するように働くことが知られている。ドーパミン神経は、予期せぬ報酬や刺激後に遅れて得られる報酬に反応し、その経験を行動の強化に利用する(Schultz, 2015, pp. 853–858)。
デジタル刺激が壊した「報酬の時間構造」
しかし現代のデジタル環境は、この進化的前提を根底から崩してしまった。SNSの「いいね」、動画の自動再生、ゲームのレベルアップ音──。こうした刺激は、比較的少ない努力でドーパミン系を活性化させ得る。短期的には「成功した」という誤認反応を生む可能性があり、報酬刺激への期待や反応性が強化されることが神経報酬系研究で示唆されている(Bromberg-Martin et al., 2010; Stanford Medicine, 2021)。繰り返し刺激を受ける状況では、ドーパミン伝達系の適応変化(例:受容体のダウンレギュレーションや感度低下)が起こる可能性が指摘されており、同じ刺激では十分な報酬感が得られず、より強い刺激を求める傾向が生じるという仮説も、薬物依存などで観察されている(Mustafa, 2024)。
この状態を、神経科学では報酬系のダウンレギュレーション(down-regulation)と呼ぶ。報酬の過剰刺激により、神経回路の感度が低下してしまう現象だ。
「静かな満足」が感じられなくなる脳
この変化が進行すると、人は「深い集中」や「静かな達成感」を報酬として感じにくくなる。かつては読書や学習、創作といった行為がもたらしていた満足感が、SNSの数秒の刺激に取って代わる。長期的な目標を立てることが難しくなり、「何かを始めても続かない」という感覚が慢性化する。実際に、注意力・記憶力・ワーキングメモリの低下は、慢性的なドーパミン過剰刺激と密接に関連していることが報告されている(Zahrt et al., 1997; Arnsten, 2011)。
さらに、報酬系と強く結びつく前頭前野(prefrontal cortex)も損なわれていく。前頭前野は「衝動を抑制し、長期的判断を下す」ための中枢であり、人間らしい理性の根幹を担っている。(Miller & Cohen, 2001)。
しかし、依存症患者に見られる脳活動パターンを踏まえると、報酬刺激を浴び続けることで、この領域の神経回路が過剰な興奮に適応し、「今すぐ快楽を得たい」という短絡的行動を抑制できなくなる可能性がある。(Goldstein & Volkow, 2011)。
報酬系の逆転──快楽が努力を破壊する
この過程を端的に表すなら、こうなる。| 報酬の即時化が、努力の意味を奪い、| 努力の喪失が、報酬の価値を崩壊させる。
その結果、私たちは“疲れ”と“無気力”のあいだで揺れ動くようになる。何もしていないのに疲弊し、何かを始めようとしても集中が続かない。この症状は単なる心理的倦怠ではない。報酬系の恒常性が崩れた脳の生理的反応なのである。
4. 構造の現実:プラットフォームの利益設計と政治的利用の芽
ここまで、広告収益モデルがどのようにして私たちの脳を刺激し、行動様式を変容させてきたのかを見てきた。だが、その仕組みを動かしているのは、単なる技術でもアルゴリズムでもない。経済構造そのものである。
プラットフォーム企業──Google、YouTube、Meta、TikTok──はいずれも「注意」を資本化する仕組みの上に成り立っている。そこでは「ユーザーの滞在時間」こそが最大の利益指標だ。言い換えれば、人々の集中をいかに奪い続けるかがビジネスの核心になっている。
この設計が問題なのは、彼らが必ずしも悪意を持っているからではない。むしろ逆である。多くのプラットフォームは、当初から「人々を中毒にしよう」と意図していたわけではない。彼らはただ、効率的に利益を追求した結果として、人間の神経構造を刺激し続ける最適解に辿り着いてしまったのだ。
しかし、ここで立ち止まって考えたい。もしその仕組みが「偶然に」形成されたものであったとしても、それが社会全体の認知と行動を支配し得る構造であることに変わりはない。
そして、この構造が経済的領域を越え、政治の領域にまで拡張されつつある。
権力とプラットフォームの接続点
2025年9月、アメリカ下院司法委員会(House Judiciary Committee)は、Google/YouTube が政府機関の圧力を受け、特定の政治的コンテンツを制限していた疑いについて調査を行った。その過程で、Google 側は「バイデン政権から検閲要請を受けたことがあった」と認め、それを “inappropriate(不適切)かつ unacceptable(受容しがたい)” と表現している(Donovan, 2025)。委員会の調査によって、以下の事実が明らかになった。
- 政府機関(保健省・ホワイトハウス関係など)が、COVID-19 や選挙関連の情報について削除・制限を要請していた記録がある。
- Google は協調の一環として、配信停止されたチャンネルの復活を検討している。
- 第三者ファクトチェック機関を媒介した「間接的な制限」も行われていた。
これは単なるアメリカ国内の政治問題ではない。この事実は、国家権力とプラットフォームの連携による「情報の篩(ふるい)」が実際に機能していた可能性を示している。
そして重要なのは、ここで初めて──「人間の行動を意図的に操作する基盤」が整い、「それが現実に使われた前例」が存在したという点である。
これまで私たちは、アルゴリズムが「無意識に」人々を誘導していると考えてきた。しかし、今やその構造は意識的に利用可能な段階に到達している。それが政治的目的であれ、経済的利益であれ、この構造が“支配のインフラ”として機能し始めているのだ。
5. 問題の総括:それでも行動は取り戻せる
ここまで見てきたように、私たちが「何もできない」「集中できない」と感じるのは、意志や努力の問題ではない。
あなたが怠惰なのではない。それは、脳が最適化された環境に適応してしまった結果である。
SNSや動画プラットフォームは、あなたの行動データを学習し、あなたが最も反応する刺激を、あなたのリズムに合わせて提示する。気づかぬうちに“あなた仕様の快楽装置”が作られ、それに順応するよう脳の報酬系が書き換えられていく。
かつて「娯楽」は生活の合間に存在していた。しかし現代では、生活のリズムそのものが娯楽を中心に設計されている。
SNSの通知、動画の自動再生、ゲームのイベントスケジュール——。それらは私たちの“空いた時間”に合わせて存在しているのではなく、むしろ“私たちの時間の方が”それらの刺激に従って形づくられている。そうした構造の中で、意志だけで抗うことは極めて難しい。
そしてもう一つ、見落としてはならないことがある。──この変化のスピードだ。
人類史上、これほど短期間に「神経構造レベルでの環境適応」を迫られた時代は存在しない。しかもそれが、資本主義の加速メカニズムと結びついている限り、この流れに社会的な制限がかかることは、まずあり得ない。
だからこそ、私たちは自らの手で自分を守らなければならない。アルゴリズムはあなたを攻撃しようとしているわけではない。しかし、その設計はあなたを消費者として最適化するようできている。
そして、その過程で“人間としての自由な行動”が静かに削ぎ落とされていく。
6. 行動回復の3ステップ:外部化/減衰/置換(具体策)
行動を取り戻すということ
多くの人がこの問題に気づくのは、「自分でも理解できない行動の反復」に直面したときである。動画を見すぎてしまう、SNSを閉じても再び開いてしまう──そうした行動は、誰もが一度は経験しているはずだ。そして多くの場合、「次こそやめよう」と思っても、体調や気分の波によって、いつの間にか元に戻ってしまう。日常的な行動には恒常性がある。たとえ意志の力で一時的に離脱できたとしても、脳は「元の状態に戻ろう」とする強い力を発揮する。だからこそ、この問題は精神論では解決できない。
筆者は試行錯誤の末、「自分が作業している様子を配信する」という方法にたどり着いた。人に見られているという疑似的な環境を作り出すことで、自然と動画再生を控え、一日を集中して過ごすことができるようになった。1週間が経過した今、生産性の劇的な変化を自分自身で実感している。
「配信」という外部化──社会的抑制を味方にする
脳科学的に見ると、この「配信」という行為は自己制御機能(self-regulation)の外部化である。人間の脳、特に前頭前野は、「他者の存在」を感じた瞬間に抑制機能が強く働く。これは社会的抑制(social inhibition)と呼ばれる現象で、人は“誰かに見られている”と感じたとき、衝動的行動を抑え、計画的行動を選択する傾向がある(Beer & Ochsner, 2006; Izuma, Saito, & Sadato, 2008)。筆者の試みは、まさにこの仕組みを意図的に再現している。配信によって、脳は「視聴する側」から「発信する側」へと立場を転換し、報酬系の出力先を“外部刺激”から“自己の行動”へと再配線することができたのだ。
ステップ1:外部化(Externalization)──環境による自己制御の補助
まず必要なのは、**「脳を過信しないこと」**である。人間の意志や注意は有限であり、疲弊している状態ではほとんど機能しない。
したがって、行動そのものを「環境の設計」に委ねる。たとえば、
- タイムロック式アプリでSNSの利用時間を制限する
- 作業を配信する
- スマートフォンを別室に置く
といった外部的な制御を導入する。行動科学では「人を変えるより、環境を変える方が容易」とされる。脳を騙すのではなく、脳を支える構造を設計するのだ。
実践例:喫茶店に行くという“文脈の再設計”
脳科学では「環境依存的記憶(context-dependent memory)」という概念がある。脳は、ある環境とその時の行動をセットで記憶する傾向を持つ。つまり、自宅の机が「YouTubeを開く場所」として学習されているなら、そこに座るだけで“視聴モード”が発動する。この現象は、学習時と想起時の環境が一致すると記憶や行動が促進されるという環境依存的記憶効果によって説明される(Godden & Baddeley, 1975; Smith & Vela, 2001)。この条件付けを断ち切るには、物理的文脈の再構築が最も効果的だ。ノートPCを持って喫茶店や図書館に行き、「この場所では作業しかしない」という新しい文脈を作る。この単純な環境の切り替えが、驚くほど強力な行動修正装置になる。
ステップ2:減衰(Downscaling)──報酬刺激の強度を段階的に下げる
報酬系は急激な変化に弱い。いきなり刺激を絶つと、脳は不安・退屈・倦怠感という“反動”を引き起こす。これは、報酬刺激の中断によってドーパミン系が一時的に低反応状態に陥り、快感や動機づけが減少するためである(Volkow et al., 2004; Koob & Le Moal, 2001)。したがって、目指すべきは「禁断」ではなく「減衰」だ。
通知を完全にオフにする代わりに、朝と夕方の2回だけ確認する
動画を“ながら視聴”せず、視聴する時間をスケジュールに組み込む
SNSを削除せず、週に1回だけ再インストールして使う
このように、情報摂取を“食事のように管理”することで、報酬系を少しずつ落ち着かせていく。
重要なのは「禁止」ではなく「選択」である。脳は奪われることに抵抗するが、自ら選んだ制限には適応できる。これは、依存治療においても段階的に報酬刺激を調整し、自然な報酬や自己抑制機能を回復させることが有効であるとする神経科学的モデルとも一致している(Volkow et al., 2011)。
実践例:喫茶店=“短時間の無刺激ウィンドウ”として使う
前段で「喫茶店や図書館など、環境を変える」ことを勧めた。ここで誤解してほしくないのは、喫茶店が“恒常的な作業場”である必要はないという点だ。やるべきことはただ一つ──ごく短い“無刺激の時間”を作ることである。最初の目的は「長時間の集中」ではなく、15〜30分の無刺激ウィンドウを確保すること。
喫茶店は「効率よく働ける場所」と完全に紐づけるのではなく、一時的にSNSや動画から離れるための避難所として使う。
数十分でも離れると、自分の脳がどれほど疲弊していたかに気づく。ここが大きい。
家に戻れば、最初はまた元の行動に戻ってしまうかもしれない。それでいい。重要なのは、段階的に刺激を減らし、刺激の少ない環境に少しずつ適応していくことだ。人間は急には変われない。だからこそ、短い成功の反復が効く。
経験則として問題意識のある人ほど、たとえ15分の回復でも行動変容のきっかけが生まれる。小さな回復が、次の小さな選択を可能にする。
少しずつ慣れてくれば、喫茶店に行かなくても、自宅の中で“無刺激のウィンドウ”を確保することができるようになる。たとえば、寝る前の15分だけスマートフォンを別の部屋に置く、通知を切った状態でコーヒーを淹れる──。そうした小さな儀式が、やがて「外に出なくても静けさを再現できる脳」を育てていくのだ。
ステップ3:置換(Replacement)──報酬の源を“創造”へ転換する
最後の段階では、報酬の方向性を「受け取る」から「生み出す」へ切り替える。人間の脳は、創造的活動──執筆、設計、作曲、学習──においても強いドーパミン反応を示すことが知られている。実際、音楽の創作や鑑賞によって強い快感を得る際には、線条体を中心とする報酬系でドーパミン放出が生じることが確認されている(Salimpoor, Benovoy, Larcher, Dagher, & Zatorre, 2011)。つまり、これまで外部刺激によって得ていた報酬経路を、**創造的報酬(creative reward)**へと再利用できる。
筆者にとってはそれが、文章を書くことや配信することであった。その過程で脳は「結果」ではなく「過程」そのものに快楽を見出すよう再訓練される。アルゴリズムが提供する刺激よりも穏やかで深い──それが人間の脳が本来求めている報酬である。
実践例:創造による置換──“受け取る”から“生み出す”へ
喫茶店に行くという小さな行動を始めると、次に**「何をするか」**という新しい課題に直面する。SNSや動画を断つことで、これまでその時間を埋めていた刺激の代わりを見つけなければならないからだ。考えてみれば当然のことだ。脳は長いあいだ、絶え間ない刺激を報酬として受け取るように最適化されている。突然それを断てば、一時的に「空白」を感じ、何をしてよいかわからなくなる。しかし──この空白こそが、創造の余白である。
多くの人が最初に戸惑うのは、まさにこの瞬間だ。だが、ここで何かを“創る”という選択をすれば、脳の報酬経路は静かに再構築され始める。たとえば、ノートに考えをまとめてみる、落書きをする、折り紙を折る──どんな形でもよい。重要なのは、それが「外から与えられる情報」ではなく、「自分の中から生まれる時間」であるということだ。
おすすめしたいのは、どんな小さなことであっても“自分の手で時間を構築する”感覚を取り戻すこと。文章を書く、設計を練る、何かを記録する──内容は問わない。目的は、**「時間を消費する」から「時間を創り出す」**への転換である。
こうした創造の時間を過ごすうちに、人は少しずつ「かつて感じていた集中と満足」を思い出すようになる。そして、何か簡単なものでも作り上げることに成功すると、その達成が「快楽の再定義」となり、やがて本来やりたかった行動を起こす勇気へと変わっていく。
小さな創造は、大きな変化の入口である。それは、あなたの脳が“受け取る側”から“生み出す側”へと再び戻るための最初の一歩なのだ。
小さな成功体験が神経を変える
行動回復の鍵は、小さな成功体験を積み重ねることだ。脳は成功体験を「行動の継続信号」として記憶する。「今日は通知を見なかった」「今日は30分集中できた」そのわずかな記録が、報酬系をポジティブに再構築する。
これは意志の問題ではない。神経可塑性(neuroplasticity)──脳が学び、回路を作り替える能力そのものの訓練である。
Digital Detox は撤退ではなく再設計
私たちがデジタル社会で自分を取り戻すというのは、テクノロジーを拒絶することではない。それは、脳の報酬設計を自分の手に取り戻すことである。つまり「Digital Detox」とは、情報を絶つことではなく、情報との関係を再設計する行為だ。
アルゴリズムに委ねられた注意を、再び自らの意志で設計し直す──。それがこの章の核心であり、そして、私たちが“行動を取り戻す”ための最初の一歩である。
7. 結語:
実は筆者の姪が不登校になってしまっている。話をかいつまんで聞いたところによると、一日中スマートフォンを手放せず、明け方まで画面を見続けてから眠るという生活パターンになってしまっているという。
この文章で述べてきたことは、まさに彼女のような若い世代で顕著に起こっている現象かもしれない。昭和の時代を生きた世代でさえ、テレビやゲームという「準備段階」を経てこの注意経済に深く組み込まれている。物心つく頃にはスマートフォンを手にしている世代にとっては、行動の根幹そのものが“注意の消費”を前提として形成されている可能性がある。
ここで筆者から二つ、どうしても書き残しておきたいことがある。
まず第一に──
スマートフォンを取り上げるなどのラディカルな対処法は、ほとんどの場合うまく機能しない。人間の脳はそこまで単純ではない。「快楽の仕組み」を急に断たれたとき、その反動がどの方向に向かうかは誰にも予測できない。SNSで刺激されているのは、単なる娯楽ではなく承認・共感・自己同一性そのものであり、これを強制的に奪えば、極端な思想や陰謀論に走るなど、破壊的な形で反動が現れる危険すらある。行動の根にあるのは「悪意」ではなく、「適応」なのだ。その仕組みを理解しないまま力で抑え込むことは、逆に脳の防衛反応を強めるだけである。そして第二に──
それでも人間には、何十万年という進化の過程で培ってきた自然と対峙するための脳の力が備わっている。ここ20年の変化は確かに凄まじい。だが、それでも私たちの脳は、太古から数え切れぬほどの環境変化を乗り越えてきた存在である。あなたのいまの行動も、あなたという一人の意志だけで成り立っているのではない。それは、数え切れぬ先祖たちが残してきた適応の知恵の連鎖であり、あなたの中にはそのすべてが確かに息づいている。だからこそ、あなたの脳もまた、再び環境に適応し直すことができる。注意経済がどれほど精緻にあなたの行動を設計しても、その“設計を超える力”を人間は内に持っている。この記事を書いているいま、この文章がどのような方に届くかはわからない。ただ、ここまで読んでくださった方が、自分自身の脳を理解し、ほんの少しでも静かな時間を取り戻すきっかけになれば──それだけで、筆者にとってこれ以上の喜びはない。
※文章の構成・推敲および画像の生成には、すべて生成AI(ChatGPT)を使用しています。
※内容については、筆者が可能な限り一次資料を参照のうえで最終確認を行っています。
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